12月の私の予定は未定です。(死亡事故について)

 12月3日の午前6時55分、山陽自動車道(高速道路)で我々の戦友を亡くしました。

大学卒業の2年後に当社に入社し、以来11年間隊長を務め、人望も厚く、警備業の国家試験は

全て一回で合格するなど、我が社にはかけがえのない存在でした。

余りにも痛ましい事故でした。事故で済まされるであろうか、いや、済まされない事です。

警備の仕事は常に死と隣り合わせと言っても過言ではありません。

しかし、これが我々の職務であると同時に、これで生活しているプロフェッショナルです。

道路メンテナンス(高速道路の舗装の打替え、トンネル崩落事故の対策、耐震対策など)に必ず

必要となるのが警備であり、ドライバーの生命を守る重要な仕事であります。

私の松尾塾の教え子であり、また戦友である彼の殉死を目の当たりにし、「これでよいのか」と

200名余りの彼の同僚はメンタルを含めて自問自答しております。

この事故はあらゆる危険の可能性を含んでいますが、今回の大きな要因は大型トラックの

運転マナーです。

警備をしていると故意にセーフティコーンを倒していく大型トラックドライバーがいることも

事実であります。(毎朝の朝礼時に聴き取りをした結果、90%以上の隊員が上記のような

危険行為をするドライバーに遭遇した経験があると証言しています)

我々は、私自身も含めて、千分の一かも、あるいは十万分の一かもしれないが、この様な

トラックドライバーがいる事に気を配らなければなりません。

その対策としては、「警笛」を吹く事もひとつの重要なファクターです。

相手に自分に気付いてもらうと同時に後方へ知らせる事で、監督や作業員の命を守ることが、

プロとしての役目のひとつであろうと考えています。

(規制に突っ込まれたら、絶対に全員で逃げるという信念)

しかし今回のようなドライバーには、どのような対処も不可能と言っても過言ではありません。

現在も弊社社員の大部分の人が、メンタル面で苦しんでいるのも事実です。

まだ、あの日から出社できていない社員もいますし、安全性に過敏に反応する隊員も多くいます。

ご両親のことを思うと、我々には想像がつかなぐらいの想いであろうと思います。

このような事故が二度と起こらない事を願っておりますし、このようなドライバーを

なくすることが、供養ではないかと考えここに想いをしたためました。

わが戦友よ、天国から仲間を見守ってください。

(事故発生状況・クリックで拡大します。)

高速道路事故状況001

事故検証写真1 事故検証写真2 写真3

上記写真は通行止中(約3時間)に撮影したものです。

※終日規制中(前日早朝から)の第2規制内へ大型車両が暴走し突入

 

  •  警備員Bの証言

 大きな音がしたため、そちらの方向を見ると、大型トラックが規制内から追い越し車線へと

今まさに出ようとするところで、大型トラック左側面部が見え、ラーバーコーン

薙倒し、追い越し車線へと出た。

  •  警備員Cの証言

 本線上を、ゆっくりと走行してきて、停止しようとしたので前に進むよう指示を出した。

運転手は何事もなかったような、落ち着いた雰囲気で、わざとゆっくり走り邪魔を

しているように見えた。

  • 警備員Dの証言

 本線上をゆっくりと走行してきて、落ち着いた感じで悠然と煙草を吹かし、規制終点で

山陽ICのONランプ近くの路肩に大型トラックを停車、下車しトラック前部を見ていた。

その後も、そこから動くことはなく、現場に来ることはなかった。

その後、高速警察隊にトラックの所で現行犯逮捕された。

(加害者は、被害者の救護には当たっておらず、救急車が来るまでの対応は、監督他、警備員で行った。)

 

追伸

享年36歳のあまりにも若い教え子の死であります。

しかし、私が懸念した通り事故状況が一人歩きしているようです。

彼の尊厳を守るため、あえて事故の真相に近い図面を私のブログに書きそえました。

後記(1)

12月28日現在の判明点1~2

1.
①85㎞/hで追突していたという事実
②居眠り運転であるということを加害者は言っているようだ
③相手の弁護士については異質ではないか?

85km/hという速度と舗装の段差10cm(切削オーバーレイ)では居眠り運転とは考え難い事である。
とすると、状況から故意に規制に進入してきた可能性は否めない。

2.
衝突時の角度は図の様ではなかったかと思っており、上記の可能性を示している。

(事故状況-拡大図 ・クリックで拡大します。)
事故状況-拡大図
後記(2)

昨年12月3日に高速道路で無謀運転の大型トラックによる事故で、尊い命が亡くなりました。

そして、その同僚で無二の親友が後を追うかの様に病死しました。

(1月9日朝10時頃、病死 享年36歳)

36歳の若い隊長であり、交通誘導警備1級(150号)、雑踏警備1級(55号)などの警備業の

国家試験は全て一度で合格するなど、優秀で人望も厚い人物でした。

10年前、私が警備員としての初日に連れて行った現場は

国道53号(弓削)の、片側交互通行規制切削オーバーレイの現場でした。

今でもよく覚えています。

生前は、二人はいつもペアで過ごしていました。

天国で二人一緒に我々を見守って下さい。

二人の冥福を皆で祈っています。